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カレン民族同盟、16年前の司令部所在地を奪還。

 カレン民族同盟が16年前の司令部所在地であるマナプロウを奪還。民主カレン仏教徒軍がミャンマー政府から離反した効果と思われる。

毎日新聞社 - ミャンマー:カレン族武装組織、本拠地を16年ぶり奪還 - 2010年12月8日 22時01分
【バンコク西尾英之】ミャンマー東部カイン(カレン)州の少数民族カレン族武装組織「カレン民族同盟」(KNU)は8日、政府軍が占拠するかつての本拠地マナプロウを攻撃し、ほぼ16年ぶりに奪還した。戦闘で少なくとも政府軍兵士5人が死亡、KNUは政府軍陣地に残された大量の武器を入手した模様だ。タイ情報筋が毎日新聞に明らかにした。
KNUはタイ国境に近いマナプロウに司令部を置いていたが、95年1月に政府軍の攻撃を受けて同地から撤退、その後急速に弱体化した。最近になり軍事政権寄りだった別の武装組織「民主カレン仏教徒軍」の一部が、政権が求める国境警備隊への編入に反発して政府軍への攻撃を開始。11月以降タイ国境沿いの各地で戦闘が続いている。



 カレン族はミャンマーの南西部の山岳地帯に居住している民族で、カレン民族同盟を中心に自治権を求め戦ってきた。アウンサンスーチー率いるビルマ連邦国民連合政府と共闘している。

マナプロウは16年前までカレン民族同盟が実質的な統治をしていたコートレイ解放区の首都であったが、1995年1月に陥落、更に2月にも要衝コムラが陥落し、山岳地帯への逃避を余儀なくされた。

 事態が変わったのは2010年11月ごろ。政府側の軍閥である民主カレン仏教徒軍(※1)が国境警備隊への改組の人事による不満から、一部離反し、闘争を開始。そこにカレン民族同盟も加わり、本格的な戦争となった。これにより約2万人の難民がタイに逃げ込んだ。

 2010年12月、カレン民族同盟がいにしえの司令部所在地であるマナプロウを奪還。


(※1)民主カレン仏教徒軍は、1992年にキリスト教主体であるカレン民族同盟に不満を持った仏教徒のカレン族が離反して結成した軍閥。親軍政派となっていた。


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