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インドの民族問題 第一話 カシミール問題

カシミール紛争


 英領インド帝国が独立するとき、インドとパキスタンに別れて独立したわけだが、そこで問題になったのがカシミール。
カシミールの藩王はインドにもパキスタンにも属さずに独立しようと画策したものの、両国から両国の争奪戦に押される形でインドに属することになった。藩王がヒンドゥー教徒だったためである。しかし、領域の民の大半はイスラム教徒だったので、話がややこしくなった。これより以後、インドとパキスタンはカシミールを奪い合い、核兵器まで持つようになった。
民族紛争と領土紛争により、複雑な問題となっている。
カシミール - wikipedia
カシミール地域 - BlueRose Wiki
カシミールの歴史地図 (Historical Atlas, Kashmir Page) - WHKMLA
カシミール紛争 - Wikipedia
[!PDF]カシミール問題の現状 - 日本貿易振興機構
[!PDF]カシミール問題
カシミール問題FAQ - 「軍事板常見問題&良レス回収機構」
印パ戦争 - Wikipedia
第一次印パ戦争 - Wikipedia


1947年8月15日 - インド、パキスタン独立

1947年10月21日 - 第一次印パ戦争、勃発

1947年10月27日 - カシミール藩王ハリ・シンが領地をインド領に編入する旨の署名を行い、ジャンムー・カシミール州が成立した。(パキスタン側から攻めて来たパシュトゥーン人に抗しきれなかったため、インド軍にこれを排除するよう求めた。)

1948年1月20日 - 国際連合安全保障理事会決議39(印パ停戦勧告の決議)。国際連合インド・パキスタン軍事監視団、活動開始。

1948年12月31日 - 国連の仲裁により停戦。停戦ラインを設置。

1948年 - アザド・カシミール成立

1962年6月 - 中印国境紛争。中国がアクサイチン地区へと侵攻。

1962年11月21日 - 中印国境紛争、停戦

1965年8月 - 第二次印パ戦争

1965年9月20日 - 印パ両国が国際連合安全保障理事会決議211を受諾

1965年9月23日 - 第二次印パ戦争、停戦。以前の停戦ラインに戻る。

1970年7月1日 - パキスタン、北部地域を設置

1971年12月3日 - 第三次印パ戦争

1971年12月17日 - 第三次印パ戦争、以前からパキスタンの植民地状態であったバングラデシュが独立。

1974年5月18日 - インド、初の核実験

1998年5月11日 - インド、初の核実験(13日も)

1998年5月28日 - パキスタン、核実験(30日も)

1999年 - カルギル紛争

2005年10月8日 - パキスタン北部で地震。甚大な被害。




カシミールの範囲(政治的)


行政区的には、インド領ジャンムー・カシミール州、パキスタン領北方地域、パキスタン領アザド・カシミールから成る。
また、中国が一部領土をチベット自治区と新疆ウイグル自治区に編入した(アクサイチン、シャクスガム)。
ジャンムー・カシミール州 - wikipedia
ジャンムー=カシミール州 - BlueRose Wiki
北方地域 (パキスタン) - wikipedia
アザド・カシミール - wikipedia
アザド・カシミール - BlueRose Wiki
アクサイチン - wikipedia
沙克思干峡谷 - BlueRose Wiki [シャクスガム]
Trans-Karakoram Tract - en.wikipedia [シャクスガム]


カシミールの範囲(歴史的)


カシミールと呼ばれるものの、歴史的にはカシミール、ジャンムー、ギルギット、ラダックから成る。

カシミール地方はカシミール語[ja.wikipedia]が話されている。インド側のカシミール地区は殆どがイスラム教徒で、ヒンドゥー教徒は2%ほど。パキスタン側は殆どがイスラム教徒。
カシミール地方 - BlueRose Wiki
Kashmir - en.wikipedia

ジャンムー地方はカシミール語[ja.wikipedia]が話されている。インド側のジャンムー地区は三割がイスラム教徒で、六割がヒンドゥー教徒。パキスタン側は殆どがイスラム教徒。
ジャンムー - wikipedia
ジャンムー地方 - BlueRose Wiki
Jammu - en.wikipedia

ラダック地方はチベット語西部古方言が話されている。インド側のラダック地区はチベット仏教徒とイスラム教徒が半々くらいである。パキスタン側のラダック地方はバルティスタンと呼ばれる。イスラム教徒が多数。
ラダック - wikipedia
ラダック地方 - BlueRose Wiki
バルチスタン - BlueRose Wiki
Baltistan - en.wikipedia
※パキスタン南西部からイラン南東部のバルチスタンとは無関係

ギルギット地方は大部分でダルド諸語が話されており、フンザ地区、ナガール地区、ヤシン地区ではブルシャスキー語が話される。
Gilgit Agency - en.wikipedia
ダルド語群 - wikipedia
フンザ - wikipedia
Nagar (princely state) - wikipedia
ブルシャスキー語 - wikipedia


カシミールの独立派

[!PDF]カシミール問題の現状 - 日本貿易振興機構
ここに詳しく載っている。

 総じて言うと、カシミール人によるテロ活動と言ったものは、、ジャンムー・カシミール解放戦線の一方的停戦以降(1989年)、少なくなり、代わりにパキスタン人やアフガン人、アラブ人のテロリストが侵入し、ジハードを繰り広げることが多くなり、運動の主体は流入した外国人に移っていった。

インド、テロ概要 - 外務省海外安全ホームページ


ジャンムー・カシミール解放戦線 (Jammu & Kashmir Liberation Front)
イギリスのバーミンガムで結成され。名前の割に比較的穏健派。住民投票による独立を求めている。
しかし、ジャンム・カシミール州の自治権が次々に縮小され、カシミール人の不満が高まってきた1989年ごろから過激路線に乗り換えた。
今は、活動は殆ど停止している。

ヒズブル・ムジャーヒディ ーン
1989年頃結成。パキスタンへの併合を求める。
現在は、カシミール人によって運営されている数少ない(主なものでは唯一の)武装勢力となっている。
海外から流入してき自爆テロを起こす諸組織との仲は悪い。
「外国人過激派はカシミール人の指導力に従うべきである」
Hizbul Mujahideen - en.wikipedia


外国流入勢力
海外から流入してきたパキスタン人、アフガン人、アラブ人。
ジハードという用語を使ったり、自爆テロと方法をとるなどのイスラム原理主義を彷彿とさせる言動をとる。

ハルカトゥル・ムジャーヒディーン(Harkat-ul-Mujahideen)
アフガニスタン戦争(対ソ連)で武装化したグループ。パキスタンを根拠地とする。
Harkat-ul-Mujahideen - en.wikipedia

ジャイシェ・ムハンマド(Jaish-e-Mohammad)またはアル・フルカン (Al-Furkan)
パキスタンを根拠地とするイスラム過激派。
Jaish-e-Mohammed - en.wikipedia

ラシュカレ・タイバ(Lashkar-e-Taiba)
アフガン系のイスラム過激派。
Lashkar-e-Taiba - en.wikipedia


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